最新テクノロジーを駆使した支援策をレポート
マルチコースの会場では、遠隔運転技術の実証実験が行われており、未来のモビリティを体験した方々からは興奮を隠しきれない様子も見受けられました。誰一人取り残さない社会を予見させる様々な取り組みを体験したみなさんは社会実装される日を心待ちにしているようでした。ここではサーキット場までの移動、さらに場内での移動を支援するソリューション、サービスにフォーカスしてレポートします。「自らの意思で自律的に移動することで、より深くモータースポーツを楽しむ」アイデアに対する、当事者のさまざまな反応をご紹介していきます。
広場
多くのソリューションが実験されている場で、当事者の方の移動の未来を語り合う
メインストレートを疾走するレーシングカーの音が響く中央広場は、今回の実証実験の重要拠点の1つです。参加している20チームのプロフィール、実証実験の内容、意気込みなどが掲示されたテントには、障がいのある方だけでなく、一般のモータースポーツファンが立ち寄る姿も見られました。ここで開催された実験の数は多く、未知の体験をする方々からは、驚き称賛など、さまざまな声が聞こえてきました。
パナソニック株式会社事業開発センターXRプロジェクト
ゴーグルのようなスマートグラスを装着した男性が中央広場を歩き、障害物の手前に来ると止まり、向きを変えてまた歩き出しました。男性には弱視の症状がありますが、パナソニックのチームが開発した弱視支援グラスが見え方を補足し、自律的な歩行を支援していたのです。
このシステムは、前面の2つのカメラで認識した映像を内部のAIが分析し、どこに障害物があるかを検出します。この分析データを、パナソニックが開発したVRグラス内に表示し、装着した人に見せる仕組みです。弱視は、症状によって見え方や欠損する部分が変わりますが、それぞれの症状に合わせて調整することで、見えている場所に障害物などの情報を加えていきます。
体験していた男性に感想をうかがうと「ゆっくり歩けば障害物も認識できるし、白杖を使わず、両手がフリーになるのはとてもいいと思いました」と語ってくれました。実証に使ったのは試作機でしたが、開発陣の目は「今回の成果をふまえて進化させ、早い段階での商品化を実現させたいですね」と、未来を見据えていました。
Humonii
慶応義塾大学発のスタートアップ、Humoniiは、開発した半自動運転車椅子「Feeling」を使い、実際の車椅子利用者に試乗してもらう実証実験を行っていました。Feelingは電動車椅子、触覚デバイス、座圧センサーという3つのコンポーネントで構成され、利用者の前後左右への上半身の動きを検出、解析し、車椅子の制御に反映させる仕組みです。
完全自動運転のような「乗らされている感」がなく、進む、止まる、曲がるを、利用者の意思(上半身の動き)を反映して制御することで、一体感のある走行が可能になるといいます。中央広場をスタート地点に、ある程度の距離を試乗してもらっていました。
体験していた女性は「上半身を前に倒すと前進して、右に倒すと右にまがって、直感的に操作できるのは新しい感覚です。両手が空くのもとてもいいと思います」と感想を語り、その後もしばらく軽快に乗りこなしていました。その様子を見守っていた開発陣は、「上半身の動きは人それぞれ微妙に違い、解析して車椅子の制御につなげるのが難しいところです。今回、いろんなデータが得られたので、次に進むきっかけにしたいですね」と、確かな手応えを口にしていました。
株式会社ヘラルボニー
中央広場の一角に、2つの移動型センサリールームを設置し、実証実験を行っていたのはヘラルボニーでした。センサリールームとは、「光や音、ニオイなど五感への刺激を抑え、聴覚や視覚など感覚過敏の症状がある方でも、安心して過ごせる空間」を指します。このセンサリールームをサーキットに設置することで、レーシングカーのエンジン音、走行音が絶えず響き渡るような環境でも、感覚過敏や自閉症のある方が安心して出かけられるようになる効果が期待できます。
やや照明を落とした室内は、「自宅のリビングで過ごす寛ぎを感じられるように配慮しています」とのことでした。利用していた親子はモータースポーツのファンで、いろんなサーキットに出かけていますが、以前は困り事もあったといいます。
「小学生の頃、初めてサーキットに来たときは、子どもが音に驚いて軽いパニックになり、駐車場の車で休憩しなければいけないこともありました。駐車場が遠いと移動が大変でしたが、こういう施設がサーキットにあれば安心して出かけられると思います」。
株式会社mairu tech
大学生3人が中心になって運営するスタートアップ、mairu techは、障がいのある方や車椅子の利用者など、移動が困難な方と、福祉タクシーや民間救急をマッチングするウェブサービスを開発しています。
福祉タクシーと民間救急は、情報が一元的に整理されていないため、利用するには何件も電話して確認し、予約しなければいけない不便さがあるそうです。そこで、利用者と事業者の間で、スケジュールや、どんな対応が可能かの情報を共有し、ウェブ上で確認、予約できるサービスを提案しました。予約に関する面倒な手間が省略され、移動手段を簡単に確保できるだけでなく、事業者側にも車両の効率的な活用というメリットが生まれます。
今回の実証実験では、車椅子の利用者が実際に福祉タクシーを予約し、サーキットに到着するまでの移動と、サーキット内の別の施設への移動を、スムーズに支援できるかを確認していました。普段、予約が必要な福祉タクシーは「なかなか使えない」という車椅子の男性は、「こういうサービスがあれば、もっと気軽に出かけられるようになります」と期待を込めて語りました。若い大学生チームに「がんばってね」と、声をかける光景も見られました。
モーションリブ株式会社
「こういう技術を使い、遠くにいる親戚、友人や知人とも、気軽にふれあえるようになったらいいですね」。参加した男性が語っていたのは、モーションリブが行ったリアルハプティクスの実証実験です。
リアルハプティクスは、遠隔手術テクノロジーとして慶応義塾大学で発明されたもので、離れた場所にいる相手に、手の微妙な力加減なども伝えられる感触伝送技術のことです。この技術を応用し、当事者の方と、離れた場所にいるレーサーをつなぎ、遠隔握手体験するというのが今回の検証の内容です。
手術用に開発された技術だけに、微妙な指の動きや力加減がリアルに再現され、さらにリアルタイムかつ双方向に伝えられるのがリアルハプティクスの特徴になります。ゴーグルを装着すると、離れた場所にいる相手が目の前に映し出され、設置されている模型の手を握ると、向こうが握り返してくれる感覚が伝わってきます。「目の前にいる人と握手をしているみたいで驚きました」と、参加した女性は驚きを隠せない様子で語っていました。
Lighthouse Tech
段ボールを障害物に見立てた簡易コースを用意して、視覚に障がいがある方向けのスマートグラスの実証実験を行っていたのは、スイス発のスタートアップ、Lighthouse Techです。このツールは上半身、特に頭の部分にある潜在的な危険の察知、警告を行うように設計されているところが特徴だといいます。
装着して歩くと、右に障害物があればグラスの右側、左に障害物があれば左側、正面にあれば両側が振動し、危険を知らせてくれます。音声ではなく振動にしたのは、聴覚の機能はまわりの音の聞き分けに使ってもらうためだそうです。「足元には白杖を使いながら、頭の周辺をこのグラスにまかせられるのは安心感がありますね。上半身、頭のあたりの障害物には、自分では気づけませんから」と、初めて体験した女性は好意的な感想を口にします。
「『日本の道路は狭く、前から来る自転車などの検知もできればいいですね』と、体験者からうかがうこともでき、実証実験は極めて有意義なものでした」と、開発陣は語っていました。
アーキネット+awn
障がいのある方、車椅子を利用する方にとって、外出の大きなハードルとなっているのがトイレです。住宅づくりを専門とするアーキネットは、移動可能な宿泊場所として開発した小型トレーラーハウス「mobile cube」を解決策として提案しています。注目すべきは用をたすとすぐに下の耐熱タンクに吸い込みプロパンガスで燃やす燃焼式トイレを備えている点です。
利用する方が懸念していた衛生面についても、「すぐに燃焼させて灰にするため菌も臭いも発生せず、『臭いはほとんど気になりませんね』、『清潔で快適でした』と、多くの方に喜んでいただけました」と、開発陣は手ごたえを感じた様子でした。
昨年も参加したアーキネットですが、今年はノーマルタイプのmobile cubeを用意し、用途開発による量産化を検証していました。「トイレ利用にとどまらず、外出支援、避難所用、その先の移動式社会インフラまで見据え、量産化によって障碍者向けの普及を目指します。」と開発者は意気込みを語っていました。
株式会社Cone・Xi（コネクシー）
在宅療養者と、スポットワークを希望する看護師をつなぐマッチングアプリ「chokowa」を開発しているのはCone・Xiです。今回の実証実験では、訪問看護ステーションに協力していただきながら、２日間で合計25名の移動支援を行っていました。
人工呼吸器が必要など介護度の重い方でも、対応できる看護師が付き添うことで無事にサーキットへ移動でき、「こういう場所には初めて来ました」と笑顔を見せてくれました。参加した看護師は「まわりにもスポットで働きたいという看護師は大勢いるので、早く実用化してほしいですね」と、今後への期待を聞かせてくれました。
保険に頼らない移動支援は大きな可能性を秘めており、開発陣は「ここでの検証結果をもとに次の一歩を踏み出したいですね、検証から実装に進むために必要なのは、地域企業との連携です」と語ります。協賛金をいただくことで、在宅療養者の利用料金を抑え、企業には研修の場を提供するなど、持続可能なモデル構築を目指しているそうです。
マルチコース
多目的コースで、未来のモビリティ社会を予見させる技術を検証
総面積約20,000㎡フラットなアスファルト路面に、パイロン等で自由にコースレイアウトを設定できるマルチコース。普段はジムカーナ競技会等が開催されているコースで、実証実験を行ったのはトヨタ自動車でした。将来、Mobility for ALLを実現する基幹技術の一つとして期待されている、遠隔運転技術の実証、そしてエキシビションが主な内容です。特に、リアル運転と遠隔運転のタイムトライアルは大きな注目を集めていました。
AMD（トヨタ自動車株式会社）
トヨタ自動車が行っていた実証実験のハイライトの1つが「リアルeモータースポーツ」です。ドライバーがリアルに運転するクルマと遠隔運転で走らせるクルマが、同じコースを周回してタイムを競う、という試みです。
リアルに運転するクルマに乗り込んだのはトヨタ社内のスゴ腕評価ドライバー、対する遠隔運転では、遠隔運転技術の開発担当者とeモータースポーツの世界チャンピオン、レース中の事故で四肢麻痺となった元F3ドライバーの3人でタイムアタックを行います。結果、遠隔運転のタイムはスゴ腕ドライバーに及ばなかったものの、成熟された技術を目の当たりにしました。
遠隔運転は、身体の状態に合った運転席を使い、誰もがクルマを運転できる社会を実現できる技術であり、聴覚に障がいのある方にも体験していただきました。「初めての遠隔運転も楽しめました。もう少し広いコースで、スピードを出したかったけど」とさらなる運転体験を望む方や、「北海道在住なので、雪があるとどうなのか興味があります。今後の開発に期待していますし、応援もします!」とエールを贈る方もいました。
自由回遊
サーキット内、さらにその周辺施設へ。自律的かつ自由な移動を支援するチャレンジも
モビリティリゾートもてぎは、サーキットを含めキャンプビレッジ、森など7つのエリアから構成されています。サーキット内はもちろん、周辺の散策も含めれば、より豊かなモータースポーツ体験が可能になるでしょう。中央広場を拠点にしながら、なるべく幅広いエリアでの移動支援を実証実験として行うチームもありました。当事者の方の、自律的かつ自由な移動の実現に向けて、どんな挑戦が行われていたのでしょうか。
株式会社袖縁
当事者の方が困りごとに遭遇したとき、駅なら駅員、店なら店員にどこでもインターホンのように通知できるアプリを開発しているのが「袖縁」です。アプリにはあらかじめ、私の「トリセツ」として自分の障害特性と、どんな時にどんな対応をして欲しいかが登録してあるため、わざわざ説明する必要はありません。
体験者は「依頼すると対応する人がすぐやってきて、すごいと思いました。また屋内か屋外かの休憩所を迷っていたときに『屋内のほうがいいでしょう』と案内してもらい、とても助かりました」と語ってくれました。
一方、手助けをした方は「ビデオ通話で顔を確認できる安心感があります」と両者の視点からなかなかの高評価だったようです。
開発陣は「ビデオ通話がうまくいかなかったり、アプリ操作に戸惑う場面もありました。通信状況が悪くても使えること、より直感的な操作など磨きをかけるべき箇所が明確になりました」と、アプリの進化に繋がる知見が得られたようです。
株式会社Ashirase
視覚に障がいのある方向けに、靴に装着して利用する、まったく新しい歩行ナビゲーションを提案しているのがAshiraseです。サーキット正面入り口前の広場で、視覚に障がいのあるご夫婦が揃ってAshiraseを使い、移動体験をしていました。
左右の靴の中に入れたデバイスの振動でナビゲートする仕組みですが、サーキットを訪れるのは初めてだというご主人は、「正しい方向に歩いているときは、両足の甲の部分が振動していて、とてもわかりやすいし、安心感があります」と語ります。曲がり角に近づくと、振動のテンポ、部位の組み合わせで距離、曲がる方向を知らせてくれるため、「外出したときに困るのはトイレ探しですが、このナビゲーションは迷わず案内してくれて、とても助かりました」と奥様も感心していました。
ご家族で出かけることも多いそうですが、「こういうナビゲーションがあれば、旅行に出かけて、知らない道を歩いてみたくなりますね」と語り、家族4人でサーキットのほうに向かって歩き始めました。
まとめ
サーキットへの移動、サーキット施設内での移動についての実証実験は、参加していただいた当事者の方々にとって、日々の暮らしにつながる切実なテーマでもあるため、体験の後は感想や要望などについて実証チームのメンバーと話し込む様子が見られました。実証チームにとっても、リアルな声を聞ける機会は貴重なため、熱心に耳を傾けていました。
両者にとって極めて重要な意味のある2日間となったこの実証実験は、もっといいモビリティ社会への熱を感じることができました。
